世界の“美緑”を探せ

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お酒の由来は古く、有史以前より作られ消費されていたようです。宗教的背景や文化的背景によってその扱いは様々ですが、時に神聖なものの象徴として、時に悪徳として遠ざけられる存在であるのは、お酒が与える影響……それは享楽であり、影響の大きさからにほかなりません。現代に生きる私達にとって、お酒は日々を楽しく豊かにしてくれるものとして欠くことの出来ない存在。 だからこそ、単純に美味しく楽しみたい!時にトリビア的に「ほぉ!」と膝打つ小ネタや、時にお酒周辺ペダンチックに楽しめるお話を、赤坂のオーセンティック・バー「Bar Moonshiner」のマスター・バーテンダーである関根真樹氏を始め、お酒のプロフェッショナルたちにお話を伺いながらに連載してゆきます。

“美禄”とは:中国「漢書」の経済にまつわる記載項目『食貨志』の中で、“酒は天の美禄”との記載があったことから、お酒の美称として定着したことに由来します。

Bar Moonshiner (赤坂)
マスター・バーテンダー
関根真樹氏

会食の席でも、自宅の食卓でも「とりあえず」と来れば次に続くは「ビール」であるように、私達にとって一番馴染みのあるお酒ですよね。しかし私たちはどれくらいビールのことを知っているかと言えば、実は知らないことが多いのも事実。身近すぎると探究心の高まりが薄いせいかもしれませんね。

実はビールの歴史はすごく古いんですよ。これはワイン同様、奥深さと持つお酒であるという意味でもあるのです。その全てを語りきることはできませんが、もう少しだけ踏み込んでビールを楽しむための『次の扉』を開くお手伝いになればと思います。

ビールの発祥については諸説あるようですが、メソポタミア文明の頃に偶然できたお酒という説が有力なようです。ただそれは「大麦由来のお酒」という意味でのビールであり、現在の私達が認識するビールとは別物なのかもしれませんよね。
加えてメソポタミア文明におけるビールの起源は、残存する文献が少なく詳しくは謎が多いものの、いくつかの仮説があるようです。

その中でもおもしろいなぁと思った仮説を一つ紹介すると、ビールは粉末にした大麦を水で練って焼いた、当時のパンのようなものを水に浸してふやかし、アルコール発酵させたものが現在のビールの原型となったというものです。これも類推の話になりますが、意図的にパンを水に浸したというより、(水浸しになった→酵素が糖化進行させた→アルコール発酵が起こった、という)いくつもの偶然が重なって、うっかり出来上がったものを飲んでみたら美味しかった、というお話だそうです。

何時の時代もそうですが腐ったり、発酵したりしたもの等、まさか食べられると思いがたいものを一寸口にしてみた最初の一人ってすごいですよね。だってその人がいなければ、そんな食べものを生まれてなかったかもしれないわけですから。少し話が逸れましたが、つまりパンから偶然生まれたお酒であるビールが「液体のパン」と呼ばれていたかもしれない、いにしえに思いを馳せるのもなかなか興味深い歴史の旅ではなかろうかと。

蛇足ではありますが、「パンからお酒」という、一旦加工をしたものをアルコールの原料にする方法として思い出すのは、アマレット。
アマレットリキュールを世界で最初に世に出した名門「ラッツァローニ・アマレット」は、実はアーモンドビスケットメーカーとしての発祥のほうが歴史があり、そのビスケットを原料にしてアマレットを製造しているのです。ムーンシャイナーの関根さんからそれを伺った時はにわかに信じられなかったのですが、このビスケットを実食させて頂いてやっと信じました。(笑)いやはや、クッキー自体が正にアマレット!とすごく新鮮で不思議な気持ちに。きっとこのビスケットだって、おそらく故意に水浸しにしたわけじゃないと思うし、物事のはじまりとは面白いものですね。

まぁつまり、何が言いたいかと言いますと「偶然(うっかりミスを含む)」が生み出す、発明のパワーはものすごいということです。
厳密な品質管理のもと、間違いが発生することが極力低減された現代のような環境では、もしかすると新しい種類の食べもの・飲み物が生まれにくいのかもしれません。

ビールというアルコール飲料を原料から定義する場合、基本は麦芽・ホップ・水だけで作られたお酒(例外もあります)と定義されますが、それ以外にビールを理解する時に用いる幾つかの区分をここでご紹介しておきます。

この区分表は、日本地ビール協会が提唱するビアテイスター®の区分を少しわかりやすく記したものですが、勿論他のアプローチも存在します。
私達がビールを楽しむにあたって、おそらく一番味わいに密接に関連しているのは、<タイプ>だと思うので、今回はタイプの違いから迫ってみようと思います。

日本で、あるいは日本のビールメーカーで作られているビールは主にピルスナーというタイプ。昨今ではビールメーカーも第三のビールも含め様々な商品展開をしておられるので、全てと言い切ることはできません。ただ日本の気候風土や味覚の趣向から最も市場に親和性があったのが、このピルスナーというタイプであったことは明白なのではないでしょうか。
いろんな種類が出回りはじめたということは、ビールの持つ様々な個性をマーケットが受け入れ始めたということを意味しますし、見聞を広げようと思えば、様々な種類のビールに出会える素地が整いつつあるということは、私達にとっても大変喜ばしいことです。

 

それぞれのタイプで、いくつか代表的な銘柄をご紹介いたしますと…。

1) エール
エールは上面発酵を基本としたビールで、元々は大麦のみで作られた飲み物であったものが15世紀ごろイギリスでホップを添加するようになった。麦芽からく る甘味と香ばしさが特徴で、風味はリンゴ、バナナを思わせるようなエステル香を湛えたものが多いのも特徴。薄い色見のペール・エール、苦味の効いたイン ディア・ペール・エールなどがメジャータイプ。ブランド的にはバス・ペール・エールなどがあります。左写真は「Zum Uerige Alt Bier(ツム・ユーリゲ アルトビール)」。正確には、デュッセルドルファー・アルトというカテゴリーのビールです。ホップとローストした麦芽の紡ぎだす苦味が爽やかなドイツビール。
2) スタウト
エールの中のタイプの1つで、「スタウト=強い、骨太なという意味のドイツ語」。黒くなるまでローストした大麦を主原料としたビールでホップの苦味とは異なる味わいを持ち、色味は濃く深いアンバーや焦げ茶が特徴のビール。左写真は、最もメジャーなブランドとしてギネス。大麦を蒸かして挽き割り、焦がすことで、特有の黒ルビーの色と特徴的な味わいが出ると言われています。こちらも正確に言うと「ドライ・スタウト」というタイプに分類されいます。ほろ苦い味わいの中にも、クリーミーさがあり人気。ちなみにギネスのラベルに印刷されているハープのイラストは、アイルランドの国章を模しています。
3) ピルスナー
ラガービールの中の一種であり、すっきりとした味わいやのどごし。香り、風味ともにシンプル。ホップの苦味や草の香りがあり、色合いは鮮やかな黄金色が特徴的。日本メーカーのビールはもとより、デュンケルやウィンナーはこのタイプが主流です。左写真は「Pilsner Urquell(ピルスナー・ウルケル)」。ピルスナーの中でも最もメジャーな銘柄で、1842年、チェコピルゼン(プルゼニュ)という町で生まれました。グラスに注ぐと「まさにこれこそがビール!」という、黄金色と白い泡のコントラストが美しいビールで、正確にはボヘミアン・ピルスナーというタイプです。

と分類されます。

日本のビールのいわゆる「のどごし」が意味するところの、強い発泡感がが少し苦手だった私は、このエールやスタウトを初めて飲んだ時に「あれ、ビール飲めるかも……」と思ったことをよく覚えています。ビールが苦手という方は、一度ピルスナーじゃないビールを飲んでみるとのも良いと思います。

あるいは女性でしたら、フレーバー付きのビール「ベル・ビュー クリーク(さくらんぼ味のビール)」や「ブーン フランボワーズ(フランボワーズ風味のビール)」など、ベルギービールの口当たりが柔らかいタイプから入ってみるのも面白いと思います。

(ベルギービールの多くは、原材料として使う素材から区分としてやや特殊系と分類されることがありますが、美味しいビールが沢山ありますし、飲み口の柔らかい味わいが、発泡感や苦味を和らげてくれ、素材の持ち味を引き出してくれていると思います)

バーでも数多くビールを扱うところもありますし、専門店でも楽しめます。
もしバーやビール専門店がちょっと敷居が高いな……とおもわれる方は、是非デパートのお酒コーナーやお酒屋さんで色々とチェックしてみてください。百貨店というだけあって、やはり品ぞろえはすごくポイントを押さえていると思います。
目白・田中屋さんも、沢山のビールを揃えていらして、ラベルを見比べるだけでも楽しいものですよ!

 

①     昔、ビールの注ぎ方で高くから注いで泡を作る方法が提唱されていましたよね?あれって正しいんですか?
全くの間違いではありませんが、正しいとも言うことも出来ないかもしれません。
注ぎ方で注意すべきは、いかにきめ細かい泡をグラスのなかに作るか?ですね。そしてきめ細かい泡をつくる理由は「ビールに蓋を作り出し美味しい状態を維持すること」です。
そもそもキーンと冷やして頂くタイプの日本のビールは、味わいよりものどごしを優先される場合が多いと思うんです。だとしたら小さいグラスに注ぎ、常にフレッシュな状態で飲むことのほうが泡の蓋よりも意味があるかもしれない。
加えて他のビールでも、高い位置からビールをグラスに注ぎ入れることで、潰れやすい泡が出来てしまう可能性もある。
グラスの形状にもよりますが、高い位置から注ぐよりも静かに注ぎ入れるほうが「綺麗な泡の蓋」を作るには効果的なこともあると考えます。

あ、あと、これは基本的なことですが、バーにいらっしゃるお客様の中にも「泡が好き」という理由で、泡を先に頂いてしまわれる方もいらっしゃいますが、これはビールの味わいを損ないやすいので、是非泡を残しつつ飲んでいただけると嬉しいです。(笑)

②     白ビール、黒ビールってよく効きますが、実はそれが一体何を指すのでしょうか……?
そうですね……。ホワイトビールといえば概ねベルギービールを指し、ベルギービールの特徴は小麦を多く使ったビール、ウィートビールをであるということです。タンパク質を多く含んだ小麦を使うと、ビールが白濁しやすくなりますので、そのあたりからホワイトと言われるようになったのだと思います。
ただ黒ビールというのは、実は存在するようでしないのではないかと思うんです。おそらく一般のお客様がおっしゃる黒ビールとはギネスというブランドのビールの視覚的なイメージを指しているのではないでしょうか?ただし、厳密にいうと黒ビールと呼ばれるものは、ドイツのシュバルツビール(ドイツ語で黒ビールの意味)なのかもしれませんね。なのでご注文を伺う場合は、どちらをご所望なのかを伺いながらオススメします。
ちなみにレッドビールというタイプはベルギービールのなかにあるんですよ。赤大麦を使ったビールはフルーツを思わせる鮮やかな赤味を帯びています。ベルギーの西フランダース地方の名産です。

③     ビールの色と味わいって関係あり?
見た目の色合いによって、黒っぽいビールは苦く重みのある味わいがあるように思われがちですが、実は色合いは味にはあまり関係はないのです。ビールの色は精麦工程で、大麦をどれくらい焙煎するか?に大きく依存するものであって、ホップ由来の苦味などに影響を与えるものではないんですよ。
だから薄い色でも苦味があるものはあるし、濃い色でもまろやかな味わいのものはある。
好きな味のイメージを教えて頂ければ、できるだけマッチするタイプの味わいを選ぶことが出来ると思いますので、是非ご相談ください。「これ好き!」という味わいのビールを一緒に見つけるのは、バーで働くものにとってもとても嬉しいものなのです。


TEXT By n.okumura
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SPECIAL THANKS to : 目白田中屋
Published: December 1, 2012
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